
2000.1.25〜2000.8.17にHP上で,日記という名のエッセイのようなものを公開していました。
2ndアルバム『chunk』には、この中からいくつかを抜粋して本にしたものをつけました。
これに、ライブのおまけでつけていたカードに書いたものも合わせて、ここで少しずつ紹介したいと思います。
そして、またこんな文章を書いたりもしたいなと。
日常にある、宝物を紡いでいくことは、やはり私のしたいことだから。
で、「ある日の雑記」を、過去の日記と合わせてみることにしました。
たまーの更新になるとは思いますが、こんなコーナーがあるというだけで、
また日々に中にちりばめられた、大切な何かを表現出来ると思うので。
とりあえずここで、おまけカード3枚分、紹介します。
(今までの雑記はこちら
)
そして、以下で過去の日記を少しずつ紹介します。
「chunk」ではボツになったものもそのまま掲載します。(ちょっと直したりもしてますが)お楽しみください!!
日記という名の…2000.1.25〜2.29
2000.3.1〜3.15
2000.3.16〜3.31
2000.4.1〜4.20
2000.4.21〜すべて
| @2000.8.12@秋葉原good man,2000.9.4@京都磔磔、にてつけたおまけカードより |
<キッチン>
台所の床に、生卵を落としてしまった。 “うわ...” なんとも拭きづらい。 一通り殻をひろってから、かたくしぼった雑巾でそこを何回もふく。
そうしているうちに、そこだけ妙にきれいになってしまった。 ついでなので、いつもより念入りに床の全面
を拭いた。
すべてがきれいになるためには、どこか1箇所が極端に 汚れなければいけないのかも知れない。
膿みを出すとでもいうのか...
バランスがとれてるうちは それでいいのだが、何かのひょうしにふっとそれが崩れると、
すべてやりなおしたくなったりする。
そこだけ塗りつぶすもよし、見て見ぬふりするもよし、 とりあえず棚にあげるもよし、積極的に解決するもよし...
自分らしくその膿みとうまくつきあうのが一番いい。
...またすぐに汚れるであろう床にペタンとしゃがみこみ、 しばしの清潔を味わう私であった。
| A2000.9.28@渋谷屋根裏にてつけたおまけカードより |
<バスルーム>
お風呂には、ここはほんとに家の一部なのか?と思う何かがある。 第一に、ここだけ水びたしである。『遊び放題』というイメージ。
子供の頃、お風呂に入るとずっと遊んでいた。 たとえば頭を洗ったあとは、その泡を流してしまわずにしぼるように桶にとっておき、
べつの桶を逆さにふせてケーキのスポンジに見立て、泡のクリームをたっぷり塗ってゆく。
かざりまでつけて喜んで、それはそのままとっておき、頭のほうだけ念入りに流す。
そして湯舟にゆっくりつかる。
両手を前面(湯舟の内側)につけると手が小さくなったように見える。「赤ちゃんの手だ」と錯覚を楽しむ。
タオルに空気をふくませるようにして茶巾包みにし、くらげの出来上がり。
...こんなふうに、さんざん遊んでしまうので、おふろからあがると指先はいつもふやけて
しわしわの真っ白、
なかなかもとには戻らなかったが、朝にはきれいになっていた。
そしてもうひとつ、ケーキに塗った泡のクリームも、きれいさっぱりなくなっているのであった。
| B2000.11.4@秋葉原good manにてつけたおまけカードより |
<学校>
あれは確か小学4年生のときだったと思うが、道徳の時間に『Xからの手紙』というのをやらされた。
まず、ひとりひとりにクラスの人数分から1枚引いた数の紙が配られる。そして出席番号1番の生徒が教壇に立つ。
その立っている生徒について、残りの生徒全員が長所と短所を無記名で書く。とにかく正直に書けと言われた。
一定の時間が経つと次の生徒、つまり出席番号2番の生徒が教壇に立つ。1番の生徒は席に戻る。
そしてまたその立っている生徒についての長所と短所を書く。これを延々続け、クラス全員分の長所と短所が書かれた紙の束を先生が集めて終了。
なんとも後味の悪い授業だった。
後日、紙の束が戻ってきた。クラス全員から、私への正直な意見というわけである。
驚いたことに、そのほとんどに「短所はすぐ泣くところです。」と書いてあった。
その次に多かったのが「喜怒哀楽が激しすぎる。」というものだった。
…確かによく泣いたのかもしれない。そしてよく笑ったのかもしれない。
しかし私は今でもそういうことを短所だなんて思っていない。
感動や、憤慨や、くやしさ、嬉しさ…感情のもろもろを素直に表現出来るのは、むしろ長所だと思うのだ。
大人になった今なら、時と場合ってものがあるだろうし、問題もあるのかもしれないが、
子供は、そういう無遠慮なところが特権だとさえ思っている。
心の振幅も大きければ大きいほど、同じ人生なら、得するような気がしてならない。
表に出す出さないは別として、感情が大きく動くということが、ものすごく大事なのだ。
…そう、特別をきらう性質があるのが学校というところだった。なんでもくくって収めておきたいのが、学校というところだったのだ。
そして学校とは何だったのかと思うとき、まずこんなことを思う。
私には、きわめて居づらい場所だったなと。
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