何かで読んだのだが、近日中に驚きの2品が発売されるらしい。 1つはデジタルカメラ付き腕時計。
レンズが時計の側面についていて、撮った画像 は、当然デジタルカメラと同様に加工でき、パソコンにもとりこめる。
もう1つはデータとして音楽をとりこむことが出来て、更に再生機能付きの腕時 計。ヘッドホンさえ持ち歩けば、かなりの音質で音楽が楽しめるそうだ。
すごい。時計のくせに。 そのうち、『おい、そっちじゃないよ』とかなんとかいって道を教えてくれる、”
ナビ付き腕時計”とか、
血圧とか心拍数が表示される、”健康腕時計”とか、はたまた、 〜ちょっと昔に戻りたい〜そんなあなたにぴったり!な
”タイムマシーン機能付き腕時 計” とか...発売されるにちがいない。
うちの田舎は陶器の町で、『陶祖』という陶器の神様が祭られている場所がある。
山の中にあって、晴れの日もちょっと薄ぐらいあの鬱蒼とした雰囲気が私はけ っこう好きだった。
小学校へ通うのには、近所の子供同志が班をつくり、家の近くの広場にいったん集まって、6年生の班長さんがその子供達を学校までつれていく、
いわゆる集団登校を していた。私が一年生のときの班長さんは、あけちゃん。6年生というだけで素敵に見え、大好きだった。
学校までの道のりは1.5kmくらい。大きく分けて2通りの道があった。1つは陶祖やお墓の前を通
る山道、もう1つは車の通りの多いアスファルトの道。
ほとんどの班は 山道の方を使っていたが、あけちゃん率いるうちの班だけがアスファルトの道を使
っていた。
ある時、あけちゃんが先生から『みんなと同じ道を使うようにして下さい』と注意 された。そして、こう言い返した。
『どの道を使おうと、学校にたどり着けば、おなじだと思います。』 結局、権力には勝てず、あけちゃんの主張は無駄
におわってしまい
あとの6年 間、みんなと同じ山道を使って登校した。
そんな鬱蒼とした陶祖は、今ではよせばいいのに、すっかり改築され、小洒落た公 園に
なっている。
人と同じ道をゆくのをあんなに嫌がった、あけちゃんは、今どうしてい るのだろう...
桃の節句。実家では毎年お雛様を飾った。
押し入れから一式出してきて、雛壇を組み立てるあたりからもう、わくわくしていた。
その壇にもうせんを敷き、人形や道具を並べていく。
そこで毎年『桜は右だった っけ、左だったけ?』とか『右大臣ってのは、♪あ〜かいお顔の右大臣〜♪だから、
こっちだよね?』
とかなんとか言いながら、何とか並べ終わる。毎回同じことで悩むんだから、見本か何かとっときゃいいものを、
しまう時にはそんなことケロっと忘れているので、これごと行事になってしまうのだった。
ところで、私は“上下”“前後”は間違えないのだが、“左右”はよく間違える。 咄嗟に右がどっちだかわからなくなる。
どうも桜か右大臣か...そのへんに原因があるらしい。
久しぶりの雨ふり。いいお湿りとはこのことだ。 しかも、「ちょっと歩いちゃおうかな」って感じの丁度いい温度。
そう、これがやたら眠い原因になる。しかもこの近頃の生命の息吹き!毎年のことながらすっかり
パワーをすいとられる。
いつまでも果てしなく眠い。 でも少し、遠足のにおいがするこの季節、ちょっと、歩いちゃおうかな...
東京で生活をはじめた頃、川の近くにすんでいたので、休みの日にはよく河原へ散
歩にいった。
流れている川をただ見つめて、ずっとすわってぼんやりしているのが好きだった。
流れても流れてもまだまだ流れてくる水は、あこがれてしまうほど力強く、“すべては流れのなかのこと”と、
また立ち上がる私の背中までも押してくれていた。
そんな川水のような曲がかける人になれますように。いつか大海原に、出られます ように。
東京の今日日中の最高気温は18℃。いきなりの春の到来にびっくりした。
そういえば毎年そうで、いつまでも冬のような気でいると、いつもより汗ばんでくるのである。
そして春の準備が足らない私をよそに、ますます春めいてくるのだ。
“夢はあれど、まだ途中”と焦ったり、おちこんだりする毎日をすごしている人にとっても、
きっと叶うときはこんなふうに、突然到来するものなのだろう。
でも同 じように準備が足らないことのないように、日々過ごしたいと思う今日この頃である。
このところの三寒四温の陽気のせいか、不覚にも風邪をひいてしまった。
久しぶりに朝から寝ていると何故かあせってくるが、
たまには休憩もいいかと自 分をなぐさめつつ、こういうときにしか出来ないことや、思えないことをつい探したりもしている。
こういう時にしか出来ないこと、それは寝ることそのものなのに...
ホワイトデーということですが、チョコを配らなかった私には、あまり関係のない感じですが、これから待ち合わせ、という人も多いんじゃないかな。
いつの頃からか、なにかひと品一緒にあげることになったようで、男性諸君はお返しがかなり大変そうですね。
でも確かに女の子は、こんなこというと怒られそうですが、思うに物に対する欲求は、かなり高いのではないかしら。
どんな小さなものでも、食べてなくなっちゃうものよ りも、何か残るものが欲しいのかもしれないな。
基本的に思い出&記念日好きなので。 では、幸せなひとときを...
やりたいことしかやらないし、出来ないことを放っておくからこういうことになるのだ。
出来ないことを無くしていく努力が、昔から本当にきらいだ。
―――ピアノのレッスンに5才から通っていた。『教則本(練習用)』と『曲の本 (演奏用)』の2册から、
それぞれ1曲づつをレッスンしてもらうのだが、私は曲の本 のほうを弾くのが大好き。
早く弾けるようになりたくてかなり弾くのでたちまち弾 けるようになるのだが、その一方、教則本が大嫌い。
ちっとも練習しなかった。
ピアノの楽譜には指番号(親指が1番〜小指が5番)がついているのだが、そんなのはもう全然無視。好きなように弾いてしまう...
そんな私が今になって...やっぱり同じ問題を抱えている。足らないことをきっち りと埋めてゆける私にならないと!
と...思う反面、“このでこぼこの私がけっこういいんだよな”と、自分を肯定する甘々、
ゆるゆるな私がいるのも確かである。
当分、この問題は解決しなそうである。
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