2000.4.1(土)
エイプリルフール。(っていうのは今でもあるんでしょうかね?)  
嘘つきは警察のはじまり、なんていわれているそうですが、 いい嘘なら、ついたほうがいいのではないかと思うんです。  
例えば“将来私は◯◯になるから”と、みんなにいいまくる。それが今の段階では嘘でも、それがほんとになるような日々をおくるためには
一番いいと思うのです。 そうすることで、後戻り出来なくなるばかりでなく、責任までも生じてしまい、みんなの応援とかも入ったりして
もう益々やるしかなくなるからです。 弱い自分を手っ取り早く強くする嘘は、まずは自分の進む道を言葉として認識させるためにも、
すごくいい方法だと思います。 私もこの言葉たちが嘘にならないように、がんばらねば...

2000.4.3(月)
はじめての授業中の居眠りは高1のときだった。 忘れもしない現社の時間、ハッと顔をあげたら先生と目が合い、クラス中が笑っていた。
だいたい、中学のときまでは“寝不足”なんていう言葉は私の中にはなかった。 何時間寝たかなんて、気にしたこともなかった。
夜中まで、いや、時には朝までラジオを聴き、それでも平気で次の日学校へいった。しかも居眠りなんてしたこともなく、それがふつうだった。  
いつ頃から睡眠時間を気にするようになったのだろう。 寝不足だと次の日つらくなったことで、明日のことを考えるようになってしまった。
と同時に、“きのう3時間しか寝てないのよね”とかいいながら昨日のことを考 えるようにもなってしまったのである。
学生と違って いろんな責任があるということも大きな原因ではある。ではあるが、“‘今’何がしたいか”だけに
あんなに集中し た頃が確実にあったんだな、と感動してしまう。  
その頃までとはいかなくても、少しでも“‘今’なにがしたいか”に集中できるように日々すごしていこうと、改めて思うのである。

2000.4.4(火)
う〜、4月ももう4日も過ぎました。日々、前進しているのでしょうか。  
体重や雑談は簡単に増えますが、脳細胞あたりはなかなか増えません。いかが なもんでしょうか。  
今日はマンガ喫茶なんぞに行ってみました。いや〜、サラリーマンもいれば子供もいるし、さぼってる人も暇つぶしの人も本当にマンガが好きな人も、
とりあえずクチ ャッとその空間の中で同じ時をすごしていました。 私もその中で一人マンガを読み...キョロキョロしつつ...
ちっとも増えない脳細胞を抱え...今ひとつ集中できず、無駄な時間を使ったようです。  
この無駄な時間の積み重ねがいつか、名曲になるのを想像しながら帰ってきたのでした。
オレンジの空に、くしゃみひとつ...  晴れの日はまだ、先のようです。

2000.4.5(水)
中学の時、帰り道、あれは夏だったと思うが、校門を出てしばらくは良く晴れてい たのに、突然あたりが暗くなり、
スコールのようにどしゃぶりになったことがある。 途中、雨やどりできる所もなく、傘なんかだれも持ってなくて、
一瞬でセーラー服 から、かばんから、教科書から...ぐっしょりになった。   そうなると、がぜん盛り上がってくる。楽しくてしかたがない。
ぬれないように歩 いたり、汚さないように気を使うことなく、いっそのこと雨に打たれればよく、
その非日常的なことを十分に楽しみはじめた。
だんだん重くなるセーラー服と、冷えた体をひきずって家にたどりつくと、すぐに入れるようにと、母がおふろを沸かしておいてくれた。
バスタブにつかりながら、これまた一瞬で、体も心も、温度をとり戻した。

2000.4.6(木)
大学1年の時暮らしていたのは、まかない付き(朝、晩ごはんが出る)の寮で、2階建ての古い建物。長い廊下に、部屋が13あった。  
キャンパスの立地の都合で(学部ごとにかなり離れている)1年後は別キャンパス の場合に1年間だけとりあえずそこに住む人が多かった。
1年ごとに、ほとんど総入れ替えになるような寮だった。  
ごはんは基本的に13人そろって食べる。お風呂もトイレも共同で、1人暮らしが聞いて呆れるほどかなりにぎやかな生活だった。  
実家を離れて暮らす場所、はじめてここに来た日は4月のはじめ。入学式の2日前で、ちょうどこんな桜の咲く頃だった。
先に引っ越してきていた人々にあいさつに回り、さっそく集まってお茶をのんだ。
“明日は◯号室の人がくるらしいよ。どんな人なんだろうね。”とか言いながらみんな仲間が増えていくのを楽しみにしているようだった。
私もここでなんとかうまくやれそうだな、と安心しながら相槌をうち、初対面にもかかわらずかなり話しこ んだのを覚えている。  
そしてじゅうたんを敷くのを手伝ってもらいながら、またおしゃべりし、ある程度の片付けをしてから眠りについた。  
希望と不安があんなにも入り混じった、何でも出来るような何にも出来ないようなあの日のことを思い出すと、
今だに心臓のうらあたりがせつなくしめられるような気分になる。忘れたくても忘れられない、いや忘れてはいけない、いい思い出だなと思う。  
その、同じ思い出を持つ13人の仲間とは、今も仲良くやっている。
聞くところによると、後にも先にもこんなににぎやかだったのは、私の代だけだったらしい。  

2000.4.8(土)
夕方、近所にお花見に行きました。  なんていい気分なんでしょう。こんなにも咲き誇る桜に癒される思いでした。  
今年も咲いてくれてありがとうと、桜にお礼をいいました。  
なんですが、人が帰ったあとの木の下に、ゴミの山がありました。どういう神経してたらこんなことが出来るんだろうと、我が目をうたがいました。
なんの抵抗も出来 ない桜は、それでもこんなにもきれいにさいているのに。台無しにしないでほしいものです。みんなの桜なんですから。

2000.4.9(日)
近視の私は、涙ぐむと一瞬ピントが合う...  
澁谷公会堂、2F最後列から、くるりのライブを見た。
いつもはかけないめがねをかけ、10列前の人がちょっと左に寄るだけで何にも見 えなくなってしまうような位 置で、
それでもなんとか自分も体をずらしずらし、かじ りついて見てきた。  
ギターをかきむしる岸田氏に何度も涙ぐみ、そのたびピントがすっと合い、よく見えた。心の大洗濯とはまさにこのことだと思う。  
本当に、本当に、力も元気もせつなさもくれる、完璧なくるりなのであった。  貴重な時間を共有できたこと、心から感謝した。

2000.4.10(月)
実家では、夜はもっとちゃんと暗くなる。街灯もなにもない夜...真の闇はあたり まえに存在している。もっと静かになって、もっと眠くなる。  
東京はいつまでも起きている感じがする。暗くもならないし、静かにもならない。 おまけに起きている人々の“起きてる菌”のようなものが
わさわさしていて、いつまでもつい起きててしまうだけでなく、深くまで眠れないような気がするのだ。  
だいぶ慣れてはきたし、いつまでも明るいのはさみしくなくていいのだが、何も聞 こえないあの空間が私には、たまには必要なのかもしれない。
その瞬間、一人でそこに存在しているあの感覚は、あそこでしか味わえない。それでいて何故かさみしくも なく、
人だけは大勢いて明るさだけはあるのに妙にさつばつとした東京よりも、かえ って力が沸くのである。  
そうは言っても住めば都...いいところもいっぱいあって、私は東京も好きだ。 周りばかり見て、だぶついた毎日にならぬ よう、
自分なりの生活をていねいにしさえすれば、どこだって楽しめる。  
つい背伸びしてしまいがちな東京でも、一人のろまな私は、今日もたぶん、私のままでいられた。
そう思えることは、幸せなことだな、と思うのであった。

2000.4.12(水)
朝からなんだか忙しく、やっと解放されたのがPm5:00... でも日がのびましたね。外はまだ明るくて、おかげでへたれずにすみそうです。
暗かったら、なまけものの私は、やる気が全部なくなるとこでした。  
Pm9:00からはバンドリハ。もうひとがんばりしてまいります。

2000.4.17(月)
子供のころ、よく母におもちゃのアクセサリーを買ってもらった。  
ガラス玉の宝石付きゆびわ、ビーズのブローチetc...どれもきれいで、見てるだけ で幸せな気分だった。
どれか一つだけ買ってやるといわれ、どれにしようかものすご く悩むのだった。  
今、宝石やさんで本物のアクセサリーを見ても、なぜかちっともときめかない。欲しいとも思わない。見る目がないのだろうか。  
子供の心を射止めたあのアクセサリーたちは、あのころの私にとって、偽者ではなく、本物のガラス玉 だった。

2000.4.18(火)
つい先日、本当に久しぶりに昔やってたバンドで集まって音を出した。
それは丸2年くらい、サークルとはいえ真剣にやってたバンドで、後半の1年は、 20回以上もライブした。  
メンバーは、今はもう住んでいるところもバラバラで、北は北海道、南は滋賀と、めったに会えない仲間ばかりだ。  
みんなブランクがあるにも関わらず、演奏しはじめるとすぐに勘をとりもどし... といきたいところだが、そうはいかない。  
でも、ヘロヘロでも何回も合わせているうちに、不思議なもので「バンド」になって しまうのだ。
1時間もすればもう、完全に楽しくなってるんだからすごい。 なぜか、なつかしいというよりは、前向きな練習だった。
また何年後かに、ああやって集まって、音を出せるであろうことは、幸せなことだなと思う。


2000.4.20(木)
表参道から銀座線に乗って、青山一丁目で降りるはずが、中刷り広告があまりにも おもしろく、読み入っていたら一駅乗り過ごしてしまった。
次の駅で降り、すぐにひきかえすべく、反対方面行きのホームへ走った。焦ったわりには、すぐに電車がきて、ロスは10分もなかった。
田舎ならこうはいかない。なんてったって電車の本数が少ない。大袈裟じゃな く30分、へたすりゃ1時間はロスすることになるだろう。
切符を買うにも、実にゆっくりで、券売機の前で「さてと」とか言いながら上を見上げ、「いくらだっけ?」とはじまる。それが当たり前なのだ。
上京したばかりの頃、きちんと並んでさっさと切符を買う様子に、多少びっくりし た。とてもめまぐるしく感じたのだが、
人が多すぎてこうでもしないと日が暮れてし まうのだと、すぐに理解した。  
このあいだ、田舎へ帰って切符を買った。前に並んでいる人のことを“おそいな” と、いつのまにかイライラしている自分に気付いた。  


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